書籍・雑誌

2016年5月 5日 (木)

「すぐそこにある遭難事故 奥多摩山岳救助隊員からの警鐘」金邦夫著。

Photo ←「すぐそこにある遭難事故 奥多摩山岳救助隊員からの警鐘」金邦夫著。

筆者の金さんには一度だけ川苔山の頂上でお会いしたことがあります。
2011年10月28日のことですから、筆者が嘱託で山岳救助隊で働いていらっしゃった頃です。

この本は奥多摩での主に中高年登山者の遭難・救助に関わる事例が多数載せられています。


自分=たけぱぱも奥多摩で活動する中高年登山者であるだけにあっという間に読み終えてしまいました。

奥多摩に住む山野井夫妻や鹿島槍で亡くなった野田賢(まちゃる)の話が登場するなど、思わず二度読みしてしまった箇所もあります。

登山者の多い奥多摩と高尾をかかえるだけに、東京都内での遭難者は長野・北海道に続く第三位を記録した年もありました。
(2010年にその不名誉な記録がありました。2014年は6位)

「心せよ、奥多摩登山者」(「はじめに」より)

まさに自分に言われているような気がいたしました。

 クリックしてくださると「新緑の季節になりました。おいでませ奥多摩へ。てんしちゃん、あかべこで飲みませんか?。ビアカフェバテレにも行かねば・・・。」も喜びます。

2016年4月17日 (日)

『人生のことはすべて山に学んだ』 沢野ひとし著。

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サブタイトル=沢野ひとしの特選日本の名山50

マッタク、マッタク・・・こんな本を書けるようになりたいもんであります。

この人の本は『てっぺんで月を見る』『休息の山』(2冊とも角川文庫)を読んだことがありました。
きっかけはやはり椎名誠の本に登場する「ワニ目のサーノ」ってどんな人なんだろう・・・。
というところからですね。

力が入ってなく、淡々と山登りの素晴らしさを綴る文章。
こんな文章が書ける人になりたいもんです。
槍・穂や富士山も出てきますが、川苔山・大岳山・高尾山という低山も登場します。

繰り返しになりますが、余分な力の抜けた文章で山の素晴らしさを語る。
目指すところはこういう文章なんですがね、たけぱぱも。

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2015年3月24日 (火)

『ドキュメント 御嶽山大噴火』 山と渓谷社編 ヤマケイ新書。

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2014年12月初版第1刷発行。ヤマケイ新書。山と渓谷社編。

ドキュメント御嶽山大噴火 --生還した登山者たちの証言を中心に救助現場からの報告と研究者による分析を交え緊急出版!-- 【地図付】


御嶽山の噴火を知ったのは北海道の最北限=礼文島滞在中のことでした。

礼文島から東京に戻り、職場に復帰すると皆一様に「山、大丈夫だった?」という質問でした。
私「北海道の一番北にいたんです。御嶽山とは全然違う方向に行ってましたので・・・」
と、何度同じことを言っただろうか。

礼文島日記の一部をご覧ください↓ ↓ ↓

死者57名行方不明6名の大惨事。

危険とは無縁ではありえないのが登山というものではありますが、現場にいた人たちがどう動きどう思ったか、どうやって助かったかということは知っておいて損はないと思います。

 ←平日は西国立「こまくさ」で飲んでます♪

2015年3月19日 (木)

『山岳遭難の教訓』 羽根田治著 ヤマケイ新書。

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2015年3月初版第1刷発行。ヤマケイ新書。羽根田治著。

春の爆弾低気圧、10月のブリザード、吹雪にかき消えたルート、スキーツアー中の雪崩事故、ゴールデンウィークの低体温症…。山岳遭難事故を検証してその教訓を伝える。『山と渓谷』『ワンダーフォーゲル』掲載を新書化。

仲間を募って「一緒に山に登りませんか」と呼びかけるスタイルの登山を楽しんでいる自分にとって、最も気をつけなければならないのは遭難という問題であります。

羽根田治氏の著書の中には「トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか」(ヤマケイ文庫)もあります。


「事故を起こさず、安全な登山が一番」と考えている者にとって、他者の遭難から学び取るものはたくさんあります。


 ←平日は西国立「こまくさ」で飲んでます♪


2015年2月 7日 (土)

『アルピニズムと死』 山野井泰史著 (ヤマケイ新書)。

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2014年11月5日 第1刷発行。

私が山野井さんの名前を知ったのは恥ずかしながら、山野井さんが2008年9月に奥多摩でクマに襲われたのが最初でした。
こんな高名な登山家が私の暮らす青梅のすぐ近く、奥多摩に住んでいてクマに襲われ、青梅総合病院に運ばれるとは・・・

そして次にちょっとだけ身近に感じたのは、2013年 野田賢(のだまさる)と山野井さんとでアンデスの山々に登ったと聞いたときでした。

しかし野田賢(僕らは「まちゃる」と呼んでいました)はアンデスの山々に登った9ヶ月後、冬の鹿島槍で滑落して亡くなってしまいました・・・

この本の第6章はそのアンデス山行のことが書いてあります。

Facebookなどでまちゃるの活躍とその死は知っていました。

新宿の居酒屋で一緒に飲んだときの写真が何枚かあります。
Dscf2108_blog Dscf2109_blog ←2008年3月の写真です。

何気なく読み始めた山野井さんの本でしたが、「はじめに」でまちゃるの名前が出てきて、前述のとおり第6章ではアンデス山行の話が出てきます。

数々のビッグウォールを登って死ななかった山野井さんと、31歳の若さで死んでしまったまちゃる。

まちゃるがどうして死んで山野井さんがなぜ生き残っているか。
それはとても大事なことだし、「ハッキリとこうだから」と言えることでもないのですが、山野井さんはそんなことも書きたかったのではないかと思っています。

野田賢の死は2014年3月27日。
月日の経つのは早いものです。

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